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040 戸惑い

last update Huling Na-update: 2025-05-07 19:00:51

「疲れたー」

 12月24日、クリスマスイブ。

 帰宅した海が、そう言ってベッドにダイブした。

「今日はお客さん、ほんと多かったよね」

「まあ、嘘でもイブだからな。外でお茶したい人も多かったんだろ」

「明日も忙しいんだよね」

「老人ホームの利用者さんを招待してるからな、それなりに忙しくなると思うぞ」

「中山さんも来てくれるかな」

「ははっ。海、中山さんのこと気にいったみたいだな」

「だって中山さん、胃ろうで何も食べられないのにニコニコしてて。こんな私にも優しくしてくれるんだから」

「確かにな。俺にはあんな顔、見せてくれたことはなかったよ」

「なになに大地、嫉妬?」

「90歳越えの人相手に、嫉妬も糞もねえだろ」

「ふふっ、そうなんだ」

「ちなみに海、忙しいのは明日で終わりじゃないからな。明後日からは正月準備があるし、年が明けたら青空姉〈そらねえ〉の結婚式もある」

「22日だったよね。青空〈そら〉さんの誕生日の3日後」

「その後だって、新婚旅行で3日店を任されてるんだ。しばらくゆっくり出来ないぞ」

「分かってる、分かってるって。でもとにかく、今日は疲れたー」

 両手を伸ばし、思いきり伸びをする。

「大地はどう? 疲れてない?」

「いつものことだからな」

「そうなんだ。やっぱ大地、男の子なんだね」

 そう言って微笑むと、大地は照れくさそうに顔を背けた。

 * * *

 海に告白されてから、数日が過ぎていた。

 あれ以来、海はその話をしてこない。ただ、明らかに態度が変わっていた。

 笑顔が多くなった。それも自然な笑顔だ。

 青空〈そら〉はそのことを、裕司〈ゆうじ〉の呪縛から解放されたからだと言った。

「呪縛って……青空姉〈そらねえ〉、裕司を悪霊みたいに言ってやるなよ」

「実際そうなんじゃない? 彼のおか

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    「おかえり、寒かっただろ。早く入ってあったまれよ」 そう言って海の方を向き、大地が固まった。「どう……したんだ、海……」 ふわふわで長かった髪がばっさり切られ、ストレートになっていた。 そして色が、明るい茶褐色から黒に変わっていた。「何か……あったのか……」「何かって、何が?」「い……いやいや、聞いてるのは俺だ。大丈夫なのか」 こんなにうろたえてる大地を見るのは初めてだ。また新しい大地を知れた、そう思い微笑む。「まあ、ね……気分転換って言うか」「それにしては思いきりが良すぎるだろ。よく分からんが、あそこまで伸ばすのは大変だっただろ? 毎日手入れしてたし、あのふわふわな髪は女子の憧れじゃないのか」「確かに惜しいと思ったよ。でもほら、仕事中、髪が結構邪魔だなって思ってたし」 そう言われ、確かに海は仕事中、いつも髪を束ねていたなと思った。「あと、その……自分に対するけじめって言うか」 頬を赤らめうつむく。そんな海に動揺し、大地が慌てて視線を外した。「とにかくその……なんだ、早く中に入れよ。そんなところに突っ立ってたら風邪ひくぞ」「うん……そうだね」 海にとってこの行動は、今言った通り、自身に対するけじめでもあった。 裕司〈ゆうじ〉はいつも、自分の髪を褒めてくれた。 綺麗ですね、そう言って撫でられるのが嬉しかった。 その髪を切ることで、裕司と過ごした日々を、自身の想いを。 過去の思い出へと変える。 髪を切られる時、感情が溢れて止まらなかった。 涙ぐみ、肩が震えた。 そんな彼女を気遣い、美容師が手を止めたほどだった。 そして生まれ変わ

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    「裕司〈ゆうじ〉……今なんて」 ――僕はあなたに、生きて幸せになってほしい―― 呆然と裕司を見上げる。 自分にとって唯一の希望。その裕司から、残酷に突き放された気がした。「……私はあなたといたいの! 毎日あなたに触れて、あなたの声を聞いて。でも、あなたはもういなくて…… だったら私が行くしかないじゃない! ねえ裕司、なんでそんなこと言うの? どうして私に、今すぐ来いって言ってくれないの?」 ――海さんは今、生きています。それは僕が、最後の瞬間まで望んでいたことなんです――「どういうこと? どっかの映画みたいに、私が死にたいと思ってるこの日は、あなたが生きたいと思った一日なんだって言いたいの?」 ――僕は運命を受け入れました。勿論、叶うものなら生きていたかった。でもそれが無理なことは分かってました。 僕の願いはただひとつ、海さんの幸せなんです。海さんが生きて、今いる世界で笑ってることなんです――「酷いよ裕司……あなたがいないのに笑えだなんて……」 涙が止まらなかった。「私に残された、たったひとつの願い……あなたの元に行くことすら、私には許されないの?」 ――海さんは生きてる、生きてるんです。命ある限り、その世界で幸せを求めるべきなんです――「無理だよそんな……だって裕司、いないじゃない……」 ――こんなにもあなたに愛されて、僕は幸せです――「だったら!」 ――でも……僕は死者です。この世界に存在しない者です。その願い、叶えてはいけないんです――「……」 ――死者はどこまでいっても死者です。あなたを愛することも、抱きしめることも出来ません。あなたの中に生きている僕は、過去の残

  • 青空と海と大地ーそらとうみとだいちー   034 裕司

     次の休日。 海は裕司〈ゆうじ〉の墓に来ていた。 大地は何も聞いてこなかった。ただ何となく、察しているように思えた。 相変わらずだな、大地。 そういうところに惹かれたんだろうな、そう思った。 * * * その日は朝から、冷たい雨が降っていた。 腰を下ろし、じっと墓を見つめる。 雨が傘を叩く音が心地よかった。「久しぶり、裕司……中々来れなくてごめんね。最近バタバタしてて……あなたのこと、忘れてた訳じゃないの。あなたの一部はここにある訳だし……って、言い訳だよね」 そう言って胸のペンダントを握り締める。その中には墓の中同様、裕司の一部が納められている。「私、どうしたらいいのかな。こんなこと、裕司に聞くのはおかしいって分かってる。でも……裕司の本当が知りたくて……」 何度も何度も問いかける。しかし答えが返ってくることはなかった。「まあ、そうだよね……」 苦笑し、立ち上がる。 そして墓をそっと撫で、「また来るね」 そう言ってその場を後にした。 * * *「……」 帰り道。海はあの駅に立ち寄った。 かつて人生を終わらせようとした場所。 大地と出会った場所に。 駅員にバレないよう、リュックから帽子を取り出し、深くかぶる。 懐かしいな、このベンチ。そう思い、そっと撫でる。 ここに座って、電車に飛び込む勇気を育てて。 そしてようやく覚悟が決まり、いざ飛び込もうとしたら。 大地が飛び込もうとしてた。 思い返し、苦笑する。 何度か列車が通過していった。ほんと、物凄いスピードだ。 あれに飛び

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